私の原点のひとつ

学生時代、見ず知らずの方に「偉い先生になどならなくていいから、優しい先生になってください」というメールをいただいたことがあります。
今思うと、それは単なる激励ではなく、切実な願いだったんじゃなかろうかと思えてなりません。
どなたが送って下さったのか分かりませんが、大切な原点のひとつ。

 「先生」と呼ばれる職業は、かなり注意深く己を律し、「人間としてどうあるべきか」を追求していないと、人生が簡単につまらないものになってしまう危険をはらんでいるように思います。
分不相応な思い上がりほど、無様で滑稽なものはありません。
それはまた、人間として最も恥ずべき「忘恩」とも無縁ではないように思えます。

 「忘恩」を最も恥ずべきだと書いたのには理由があります。
私は今までの人生の中で、恩をないがしろにしている高潔な人物を見たことがありません。
逆に、恩を大切にしている方は、たとえどのような地位にあったとしても、すがすがしい、豊かな人生を送られているように思います。
動物ですら、恩を忘れません。
恩を忘れるということは、やはり人間的ではなくなるということなのでしょう。
私も完璧に恩を忘れないでいるかと言われれば、答えはNOだと思いますが、それでも、恩には報いていこうと努力しています。

 少し話が横にそれてしまいました。
死ぬときになって、「まぁ、いい人生だったな」と思えるかどうか、という点において、「先生」と呼ばれる職業に就くことは、決して有利ではないようにも思えます。
「先生」などと持ち上げられたために、人生をダメにしていまう人も少なくないのではないでしょうか。
なんだか大上段に構えて、偉そうなことばかり書いてしまいましたが、なんとなく、そんなことを思いました。

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