「あしたのジョー」の映画を観てきました。

 今日、子どもを実家に預けて、何年かぶりに奥さんと2人で外出。
「あしたのジョー」の映画版を観てきました。
 主演の山下智久さんもよかったんですが、力石役の伊勢谷友介さんと段平役の香川照之さんのはまりっぷりがすごかったですね。
「あしたのジョー」でもっとも有名なエピソードの一つである力石の減量も、伊勢谷さんは数日間飲まず食わずになって、本気で命をかけてしまっており、計量シーンはCGかと思うほどの極端な体に…。
ホントに死ななくてよかった…。
臓器痛めてないか心配です。
 格闘シーンも、スタントマン使ってなくて、本気です。
ちばてつや先生もべた褒めしてましたが、素晴らしい作品でした。
 さて、作品を観ている間、ずっと考えていたのは、「時代」ということ。
(ここからは僕の勝手な思い込みかもしれませんので、適当に読み飛ばしてください。)
原作が連載されていた時代、この作品(原作)が愛されたのは、やはり「貧しさ」と「負けじ魂」みたいなものが多くの人に共有されていたからではないかなと思うんですね。
実はそれこそが今の日本の繁栄をもたらした礎の一つではないかと思います。
 ひるがえって現在の日本を見たとき、やはり長引く不況と、いつ破綻するかわからない日本経済のために、苦境に立たされているのは事実としても、やはり連載当時の昭和40年代とはかなりメンタリティは変わっているように思います。
失ったものがある一方、得たものも多いのではないでしょうか。
それはハングリーさを失って、優しさ・素直さを得たということかもしれません。
もっとほかのことかもしれません。
統計データが手元にあるわけではないのでわかりませんが、このメンタリティの変化が数十年後、日本に何をもたらすのか、非常に興味深いです。
 そんなことを考えながら、「ではこの映画がこの時代に公開されたことの意義は?」とか考えだして、もう収拾つかなくなったので寝ます。がくり。

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